2012/08/10
「近代中小企業」2012/8月号に「中小企業の不正調査」と題して執筆しました。
「不正」とは、組織および自己のため、他者を欺くことを目的とした意図的な作為または不作為であり、結果として、損失を被る被害者が発生し、組織および自己が利得を得るものです。文化、人種、宗教、その他の要因に関わらず、特定の状況において、人間は、不正を犯す動機を持つといわれています。
「不正」が起こる主な理由は、
①目標達成のためには「手段を選ぶな」というプレッシャー
②個人的利益の追求
であることが、アメリカのオーバーサイト・システムス社が発行した「企業不正レポート2007年版」に報告されています。そこには、「自分の取った行動が不正だとは考えなかった」という理由も挙げられています。
似たような扱いを受ける言葉として「不祥事」があります。不名誉で好ましくない事柄と解釈されます。「不正」が発覚してさらに公になれば会社の「不祥事」になりますが、「不祥事」は必ずしも他人を欺くことを目的とした計画的なものではありません。「不祥事」は人為的ミス、いわゆるヒューマン・エラーと呼ばれる悪意のない、あるいは作為的でない事故やミスが含まれるのです。
ただ、そのような作為的でない事故やミスを隠蔽する性質を持ち合わせるのなら、それが「不正」を起こす温床になります。
「不正」は組織の利益のため、あるいは組織に損害を与えて自己のために、組織の内外の者によって行われます。
企業の不正は、主に図1のように分類されます。
●重要事実の不実記載(虚偽の表示)
この不正の要点は、計画的に虚偽の言明をすることによって、目標とする被害者が金銭や財産を手放す、または毀損するよう仕向けることです。
少し分かりにくい表現なので、代表的な「粉飾決算」を例に取ると、虚飾の黒字により本来納めなくていい税金があるとしたなら、被害者である「会社」は「納税」という形で金銭を手放すよう仕向けられ、会社の資産が毀損することを指します。
この不正は、以下の要件を包含して成立します。
・重要な虚偽の供述
・虚偽性の認識
・虚偽の供述を被害者が受容したこと
・損害の発生
●重要事実の秘匿
これは不正を行う者が開示義務を有する状況にある場合に限られます。成立する主な要件は以下の通りとなります。
・重要事実に関する知識を有しており、
・開示義務を負っているにも関わらず、
・相手を誤解させる、あるいは欺罔する意図を持って、
・義務を履行しなかった。
開示義務は、通常、当事者間の関係によって発生します。会社の取締役や執行役員、弁護士・公認会計士・税理士など、特別な信頼関係を有する者は、信頼を寄せる当事者に対し重要事実を十分かつ完全に開示する義務を負います。上場企業の決算報告時における重要事実の隠蔽や、商取引における商品の欠陥の隠匿は、この類に入ります。
●贈賄・収賄
これは相手が公務員の場合に多く発生し、以下の要件を包含して成立します。
・価値のあるものを、
・公務上の行為に対して、
・影響を及ぼすために、
・贈賄または収賄すること。
価値のあるものは、金銭に限定されません。過剰な贈物や接待、旅行費や宿泊費の肩代わり、クレジットカードの支払い、金銭の貸付、将来の雇用の約束、ならびにビジネス上の利権などです。それらによって影響を及ぼす、または影響を受ける意図を持って収受があった場合、贈収賄が成立します。影響を及ぼすということは、収賄者が贈賄側に適切でない、または一般的でない方法を指します。例えば、優遇措置を与えること、規則を曲げたり破ったりすること、贈賄者が会社を騙すことを認容することなど、特別な待遇をすることです。また、相手が公務員以外の場合でも、以下の要件で不正は成立します。
・ビジネス上の決定に、
・影響を及ぼすために、
・価値のあるものを、
・会社または経営者の認識または同意なしに、
・贈賄または収賄すること。
現場レベルのリベート、キックバックなどはこの類に入ります。
●横領・窃盗
横領は、適法に委託された従業員(あるいは適法な占有が認められた従業員)が金銭または財物を不法に取得することです。横領は一般的に以下の要件を包含して成立します。
・従業員が会社または経営者の同意なしに、
・従業員に委託された(従業員は財物を適法に占有していた)、
・かかる会社の金銭または財物を、
・盗んで自己で占有するかあるいは金銭などに転換すること。
窃盗は、意図的に会社から金銭または財物を不正に奪取することを意味します。横領と大きく違う点は、従業員が財物を適法に占有していない、または単に財物を保管しているだけの状態(例えば、レジ係はレジの中の現金を保管しているが占有していない)であることです。窃盗に関すれば会社の財物とは限らず、一般的な要件として以下を挙げることができます。
・他人の金銭または財物を、
・所有者の同意を得ずに、
・かかる所有者の使用または占有を奪う意図を持って、
・不法に持ち去ること。
●企業秘密の不正目的使用
企業秘密とは、社外秘の製法やプロセスだけでなく、顧客名簿や価格表、売上表、事業計画、またはその他の事業上価値があり、かつそれが開示された場合に有害となり得る機密情報などの他に、より日常的な財産的価値のある情報も含まれます。
典型的な企業秘密の不正目的使用が成立する要件は、以下の通りとなります。
・ある当事者が業務上価値ある情報を所有し、
・その情報は機密として取り扱われており、
・従業員が契約または信頼関係に違背して、もしくは不正な手段によりその情報を持ち、利用し、金銭などに転換すること。
保護しようとした情報が秘密扱いであったということは重要でありますが、絶対的な秘密扱いは必要ではなく、その情報が実質的に非開示であれば足りるとされます。知る必要のある者、または秘密保持契約を締結した者に限定して情報開示をしても、秘密扱いを
無効とすることにはなりません。秘密保持の意図があったかどうかについては、以下のことが挙げられれば十分とされています。
・情報に財産的価値があること、
・秘密であることが一見してわかる記述があること、
・情報の配布に対する厳しい制限があること、
・当該情報が無権限者による接触および使用から物理的に保護されていること。
●受任者義務違反
会社の取締役、執行役員、管理職などの者は、委任した会社または使用者に対して一定の法定義務を負います。主要な義務として善管注意義務が課せられ、さらに取締役に対しては忠実義務が課せられます。善管注意義務とは、会社の取締役、執行役員または管理職が、通常有する能力および注意を持って、慎重に業務を遂行しなくてはならないことです。不注意または無謀な行動をとる受任者は、その行為に起因する損失について責任を負います。
忠実義務とは、取締役が会社に対し会社の利益を犠牲にして自己の利益を図ってはならない義務と説明されます。つまり、会社の取締役は、会社の財物または資産を自身の利益追求のために使用する、あるいは、会社のための機会を自身のために利用することが禁
じられているのです。より一般的な横領、窃盗、リベートの受領など利益相反に値する詐欺的行為もまた忠実義務に違反しているのです。
ここからは、中小企業に特化して見ていくことにしましょう。不正が発生する共通点として以下のような会社のケースがあります。
①職務が1人の従業員に集中している
大抵の中小企業では従業員数が少ないので、日常業務を細かく分けて複数の従業員に分担させることができません。したがって一人の従業員がまとまった職務を任され、結果としてその職務について一切の権限を持つようになる場合があります。また、長年勤務している従業員に対しては経営者もその者に対して過度の信頼を寄せ、職務を任せきりにする傾向が強くなります。
つまり、「承認」「保管」「記録」といった機能的責任の不分離に、日常業務ではなおさら経営者のチェックが入りにくい体制が、不正を引き起こす可能性をより高くしているといえます。
また、このような従業員は会社資産へのアクセスがフリーパスであるケースが多く、不正が行われていても発見されないことが往々にしてあります。
②経営者が経営面や金銭面にルーズである
中小企業では、経営者自身が会社のオーナーであることが多く、その場合、経営者は会社の財産を自由に使うことができる立場にあります。しかし、このような公私混同は会社全体にルーズな雰囲気を生み出します。経営者は自らの襟を正すべきにも拘らず、ルーズさの元凶になってしまっては、もはや経営者に期待することはできません。
現金や有価証券の管理が徹底されていないのに加え、社内に高価な調度品をあつらえているような会社は、会社全体が金銭面にルーズであるケースが多いのも事実です。従業員による不正が発生しやすい環境を自らつくり出しているのです。
③不正を防止する仕組みが十分でない
中小企業では、大企業のような業務管理の仕組みを確立することは物理的にも経済的にも困難であります。人材不足がその最たるもので、曖昧な企業倫理がはびこっているのが現状です。現物資産と記録とが照合されず、適切な承認に基づかない取引が実行されるなど企業統治が不十分な会社がまだまだ多く、経営者の不正に対する意識も欠如しがちになります。このような会社では、それだけ不正が発生するケースが高くなります。
一説によれば経営者の気付かない社内不正で、会社の営業利益の10%程度を貶めているとのことです。中小企業を蝕む不正は、影響度の大きさから言って、以下の二つが挙げられます。
①重要事実の不実記載(虚偽の記載)
既述のように、粉飾決算が代表的です。これは主に経営者によって行われる不正であり、財務諸表上虚偽の記載をすることをいいます。例えば、都合のよい財政状態または経営成績を表示するための資産の過大表示や負債の過小表示、重要な事実の作為的な誤開示
があります。
ではなぜ粉飾決算は悪いのか、「株主も社長もオレ、従業員もオレが雇ってあげている」こう開き直っては元も子もありません。ただ一つ言えることは、粉飾決算は着実に会社の体力を弱め、会社の死期を早めてしまうのです。
②横領・窃盗
いわゆる「使い込み」と呼ばれるもので、金銭・物品の横領・着服を伴うものをいいます。従業員の不正の多くは、会社財産の横領・着服によって行われます。このタイプの不正は大きく3つに分かれます。
従業員が単独で行う不正一人の従業員が極秘裏に会社のチェックをかい潜り行うもので、一般的に大きな金額にはなりにくい不正です。しかしながら、従業員による不正で最も多いのがこのパターンなので注意が必要です。
複数の従業員が共謀して行う不正は、単独の不正に比べて大規模・複雑になります。例えば、経理担当者と承認者とが共謀すれば現金事務手続きがフリーパスとなり、不正は発見しにくくなります。従業員と会社外部の者とが共謀して行う不正従業員が取引先など会社外部の者と共謀して不正を行うケースは、最も不正を発見しにくいパターンだといえます。例えば、ある従業員が取引先と共謀して取引先から受け取る請求書を偽造させて不正を働いたとしたら、会社内部の資料からではチェックが及ばず、不正発覚は非常に困難となります。
これらの不正が発生するような組織は、全体にも様々な兆候が表れるようになります。典型的な危険信号を図2にまとめましたのでご覧ください。
次回は様々な不正が起こる原因を掘り起し、従業員の不正を中心に見ていきたいと思います。