HOME > NEWS > 「ここまでやれる」「それでも何とかなる」
2013/05/01
「近代中小企業」2013/5月号に「事業再生のプロが見る金融円滑化法その後 第2回実践:経営改善計画書」と題して執筆しました。
前回は主に経営改善計画書の作成方法を解説しました。ただし、金融円滑化法の期間中と違い、経営改善計画書を作成しても金融機関は必ずしも社長の意向に沿うとは限らないのです。繰り返しになりますが、金融機関が債務者に提供する最適なソリューション、すなわち債務者に対する今後の方針は、金融円滑化法が終了しても生き続ける区分です。
残念ながら、③の方針で臨むことが明らかになったとしても気落ちしてはいけません。
今回は、「ここまでやれる」「それでも何とかなる」をキーワードにして解説します。
●コンサルタントを使わずともここまでやれる
はじめに、「③事業の持続可能性が見込めず事実上の廃業などを進める先」に自社が区分されてしまったと、どのようにして分かるのかを述べます。
金融円滑化法に則った返済条件緩和期間は通常1年です。ですから、例えば昨年の4月に金融円滑化法による返済条件緩和の適用を受けた債務者は、本誌5月号が出る頃には何らかの措置を受けていることでしょう。この5月以降も緩和期間終了の債務者が随時発生してきます。むしろ件数ではこれからが本番です。
ある金融機関は、3月末の金融円滑化法が終了するやいなや、債務者に対して態度が豹変すれば、世間から轟々たる非難を受けるのを案じ、半年程度の様子見期間を設ける(=同条件の返済条件緩和を期間半年で続ける)方針だそうです。ただし、経営改善計画書を提出してもらうのは当然とのことです。
このような金融機関は、甘い金融機関に見受けられるかも知れませんが方針としては立派だと思います。しかし、そういった金融機関ばかりではないのです。ちなみに、金融機関が見切りをつけたと明らかに分かるのは、金融機関が返済条件緩和以前の返済額に戻すことを要求してきた場合です。また、経営改善計画書を提出して返済条件緩和継続を要請しているにも関わらず、緩和以前の状態とは言わないまでも債務者に相当不利な返済額を強硬に要求してきた場合は、「③に区分された」と感じ取ってください。
●複数の金融機関から融資を受けている場合
貴社が複数の金融機関から融資を受けている場合、貴社が選択できる行動パターンが多くなります。なぜなら、先に述べたように金融機関も方針は様々だからです。元から甘目の金融機関や貴社に理解を示す金融機関は不思議とあります。そこを味方に引き入れるのです。金融機関同士は貴社についての情報交換をしません。ですから、貴社の味方になってくれる金融機関と条件緩和継続を先に締結してください。それは実績にもなるので、その金融機関が小さい金融機関であっても、融資額が比較的小
さい額でも構いません。味方の金融機関と強硬な金融機関の融資が共に保証協会保証付きであれば、味方の金融機関と妥結に至る過程で、社長が保証協会に直接状況を説明すれば、強硬な金融機関もなびきます。
強硬な金融機関の融資がプロパー融資と言われます。金融機関独自の融資だったとしても、金融機関が貴社を見切ってすぐに回収し終えることは不可能です。簡単に説明しますと、(元に戻した)約定返済額が返済されなかったとしても、「期限の利益の喪失」という金融機関による一括回収の措置が発動するまでには3カ月以上の期間が要されるのです。さらに、貴社の事業継続上必要不可欠な事業資産(例えば工場など)を担保に入れた借入を、金融機関が強制的に回収するために競売申立をしたとしても、1年以上の時間が掛かります。
今では一般的となったサービサーへの債権売却が行われたとしても、その分、社長と新たな債権者となったサービサーとの間で交渉する時間的猶予ができるのです。
「時間」はふつう債務者に有利に働きます。次の手を打つべく社長はその「時間」を最大限に活用できるのです。
●追加資金の調達法
・ABL融資
※ABL:Asset Based Lending(動産・債権担保融資)
金融機関からの借入の担保で一般的なものは、会社名義の土地や建物、社長の自宅です。金融機関からこれ以上の借入を望めない状況で、売掛金や在庫品に着目した調達方法があります。売掛金や棚卸資産を担保とする「ABL融資」は、保証協会の商品の一つでもあります。
ただ、債務者本体の借入が条件緩和中であれば、新規融資と同様取扱いは難しいでしょう。むしろこの手段は、一部のベンチャー系ノンバンクや東京スター銀行系列のノンバンクに積極性が見られる
調達方法です。
・少人数私募債
もう一つの方法として「少人数私募債」が挙げられます。
49人以下の少人数に対して発行する私募債です。
この私募債は、会社の取締役会決議のみで発行でき、償還期限や利息が自由に設定できます。
さらには、発行金額が一口額面の50倍未満の範囲内で自由に設定できる代物なのです。一般的な社債で必要な、社債管理者の設置や有価証券の届出は不要です。少人数と言いましても49人まで引受先を募ることができます。お願いする対象は、社長の家族、親類、知人、友人、社員、取引先などですが、49人と言っても結構な数になるのです。
心して欲しいのは、この私募債は社長の信用で募集するものです。ひとたび債務不履行になると、人間関係が損壊し、今いる場所で商売を続けるのは無理になるでしょう。却って金融機関からの借入以上に、大きな代償を払うことになります。
まずは私的整理の中で、中小企業が利用しやすい手法と目新しい手法を紹介します。
●中小企業再生支援協議会
中小企業の再生を進めるために、産業活力再生特別措置法に基づき各都道府県に設置された公的組織で、常駐する専門家が再生に関する相談を受け付け、助言や再生計画策定支援を行っています。具体的には、債務者からの相談に対して常駐専門家が対応策を提示し、必要に応じて関係支援機関を紹介する第一次対応と、常駐専門家と共同で再生計画を作成し、財務や事業の抜本的な見直しを行う第二次対応に分かれます。再生支援協議会は、公正中立な立場で関係者間の調整を行っているのが特徴です。第二次対応に進む案件は、事業面や財務面での改善を図るため、個々の企業の特性に見合ったきめ細い支援を行っています。第一次対応の相談費用は無料ですが、第二次対応の再生計画策定の際には、第三者機関による調査費用など、費用の負担が生じます。
課題は、都道府県毎であり常駐する専門家の数も限られている関係で、債務者が希望しても第二次対応まで進む確率は非常に小さいことです。県庁所在地の事務所に詣でて相談したにも関わらず、関係支援機関を紹介してもらえないケースもまま見受けられます。
●事業再生ADR
事業再生ADRとは、事業再生に関する紛争を裁判所による強制力を持った紛争解決の手続を講じることなく、当事者間の話し合いをベースに解決しようとする手続のことです。
ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)の施行に基づいて、法務大臣の認証を受けた事業再生ADR事業者が実施する事業再生の手法です。特徴としては、金融機関等だけを相手に話し合いを進める手続なので、本業をそのまま継続しながら金融機関等との話し合いで解決策を探ること、並びに、事業に必要な資金を別途調達することが可能です。
また、意見がまとまらないときは裁判所を利用した法的再生手続に移行し、ADRの結果を尊重してもらうことも可能ですただし、事業再生ADRは平成21年スタートと目新しく、また、その申請企業は大手企業が多いのが現状です。中小企業再生支援協議会との棲み分けが上手く働いているようです。
※ADR:Alternative Dispute Resolution(裁判外紛争解決手続)
私はセミナーでよくこんな話をします。
「借金を返せなくても死ぬことはないし、死ぬ必要もない」
これは、命をもって償わなければならないことはない(そもそも借金は一般的に刑事事件にはならない)し、自責の念で自殺する必要もないということです。これは、モラル表現としては問題でしょう。しかし、ここで言いたいのは、借金から逃れようと自分の命までも軽んじる経営者が、実は少なからず居るのです。実際に、そこまで思い詰めて相談に来られた経営者を、筆者は何人も見てきました。なぜそこまで思い詰めるのか?一般論として、借金は絶対に返さなければならないものです。しかし、返せなくなったらその後どういったことが待ち受けているのか...、債務者は見当がつかないから思い詰めるのです。
でも、そこで考えてみてください。その借金をしたとき金融機関と借入の契約を結びました。借金と言ってもたかが「契約の一つ」なのです。それも社長と金融機関は「対等の契約」なのです。
皆さんが携帯電話の料金プランや機種変更の際、サインするのは契約の一つです。新聞勧誘員からのサービスに釣られて1年間の購読にサインするのも契約の一つです。新聞を取ったものの、つまらなくて購読中止を申し出る際、新聞屋に不義理をしたと自責の念で思い詰める人は果たしているのでしょうか。
こんな馬鹿馬鹿しい例えをするまでもなく、金融機関との借入の契約も、しょせん契約の中の一つとご理解ください。誤解していただきたくないのですが、「率先して金融機関との契約を破りましょう」と言っているのではありません。心構えとして、契約が存在して当事者が対等であるからこそ、交渉に引き込むための戦略としてはアリだということなのです。
A社のA社長は、「このままで行けば銀行に迷惑を掛ける」と言って、筆者のところへ相談に来ました。
その時すでに仕入先には手形のジャンプ(=支払手形を差替えて支払期限を延ばしてもらう手段)を要請し、従業員への給与も1ヶ月以上の遅配が起きていました。しかし、銀行への返済は毎月きちんとされていました。
「銀行への返済はそこまで守るべき約束ですか?」と問うと、「不義理をするともう貸してくれない...」と弁明されました。会社の財務内容を見ると、もうこれ以上銀行が追加で融資できる内容ではなかったのです。
ただ、A社長の頭の片隅に、不義理をしなければ、その後も銀行は融資をしてくれるという淡い期待、もしくは、不義理をすれば銀行によって商売が潰されると感じていたのかも知れません。
我々が助言してA社長が取った行動は、銀行への返済を各行に通告した上で一斉にストップすることでした。もちろん事前に売掛金の回収口座は、銀行借入の無い銀行口座に変更させる防衛手段を講じてからの行動です。
手形の決済日は、手形金額だけ口座に入金する徹底ぶりを示しました。銀行はまだ騎士道精神が残っており、約束手形の決済と自行の返済金の回収が重なれば、約束手形決済を優先させてもらえます。したがって、不渡りになることはありません。
ここまでやると、銀行とギクシャクすることは必定で、「ここまで来たらもう銀行からは借りられません」とA社長に覚悟をしてもらいました。
銀行に返さなくなった分、フローアウトする予定だったキャッシュが残りますので、A社長を信じて付いてきた従業員に給与の遅配分を支払うことが可能になりました。それ以外は極力支出を抑え、キャッシュを貯め込んでもらいました。
本稿の第1回で、金融機関は債務者を年に2回格付し、債務者区分が下位であれば、それに見合う引当を積まなければならず、余計なコストが掛かるために冷徹に貸出金を処理すると述べました。
銀行が先に対応や方針を決めて(回収方針で)A社と対峙するのであれば、銀行が議論をリードするでしょう。銀行は、予め準備をすることに於いては長けているのです。
ただし、本件は昨日まで正常に返済していたA社側から、不意を突いて仕掛けたものです。銀行側は対応を決め兼ね、経営改善計画書を作成して臨んだ交渉はA社側がリードしました。
対応を決め兼ねるというのは、強硬に回収すべきか、そうしないで行くべきか悩んでいる状況のことです。A社が交渉において提出した経営改善計画書は、これからのA社を占う上で非常に重要な資料に成り得るのです。経営改善計画書を充分に精査し、遅ればせながら銀行の方針が決まるのです。
金融機関が恐れるのは企業の突然死(=急に法的整理を申立てること。※法的整理は次号に記述)です。金融機関にとって、生きている会社と死んでいる会社とどちらが多く回収できるかといえば、間違いなく生きている会社の方を指します。
なぜなら、生きている限りお金は回り続けるからです。A社の取引銀行にとっても、方針を決めるまでは、少なくともA社には生き残っていてほしいと望んでいるのです。
次回は、A社のその後の展開に
ついて述べたいと思います。